カウンセラーと精神科医はどこが違うか
はじめに
カウンセリングを希望される方のなかには、カウンセリングと精神科医の診療がどう違うか疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれません。また、カウンセリングにいらした方に伺うと、精神科医に診察を受けたことを「カウンセリングを受けた」とおっしゃる方もおられます。確かに利用者の視点からすると、両者は区別が付きにくいかもしれません。カウンセラーも精神科医もまずいらした方のお話を丁寧に聴きますし、その点でよく似ているのは確かです。では、両者を区別するものは何なのでしょうか?
精神科医は医師ですから、病気の治療が仕事の中心になります。患者に問診をしたり検査をして情報を収集し、診断して治療方針を立てます。そして必要があれば薬を出し、患者と話し合いながら、患者の精神的な悩みを解決する方法を探っていきます。慢性的な病気の場合には、医師と患者の関係の付き合いも長くなり、患者が生きていくうえでの様々な悩みにも応じていくことになるでしょう。
では、カウンセラーの仕事はどのようなものでしょうか? 「カウンセリングについて」のページやブログの他のエントリに書いたこととも重なりますが、カウンセラーの仕事の中心は、相談者の方の悩みを丁寧に伺い、その悩みにどう対処していけばよいのかを相談者の方とともに探っていくことにあります。一見、上記の精神科医と同じように見えるかもしれませんが、本質的な違いとして、カウンセラーの仕事は「病気の治療ではない」という点があります。「病気の治療ではない」と言われると、違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。こんなに苦しく悩んでいるのに、それを治してくれないのなら、いったいカウンセラーは何をしてくれるのか?と。
この疑問に対しては、2つの点から答えられるかもしれません。それは、1. 医師-患者関係と、カウンセラー-相談者関係の違い、そして、2. 「病気」と「悩み」は同じではない、という2つの観点です。
「医師-患者」関係と「カウンセラー-相談者」関係の違い
「医師-患者関係」
医師-患者関係はどのようなものでしょうか。医師は患者に必要な治療を施し、病気の治療という目的のために患者にさまざまな指導を行ないます。医師は医療の専門家として、患者の訴える症状について、それがどのような病気から生じ、どのように治療することができるかを患者より知っており(専門家なので当然です)、最終ゴールとしての治癒がどうなるかを予測し、そこに向けてあらゆる治療的な努力をしていきます。もちろん人と人との関係ですから、医師は患者の訴えに耳を傾け丁寧に接していきますが、病気に関しては医師の方が患者よりもはるかに多くのことを知っていて、治療のために患者を導いていくという基本的な構造があります。これは精神科であってもそれ以外の身体科であっても違いはありません。
「カウンセラー-相談者関係」
一方、カウンセラー-相談者関係はどのようなものでしょうか。カウンセラーは、相談者の方が悩んでおられることを伺っていきますが、相談者の方の悩みについて、少なくとも最初のうちはカウンセラーが相談者の方より知っているということはあり得ません。相談者の方はご自身の悩みをずっと悩んできたのに対し、カウンセラーはだんだんにお話を伺いながら理解を深めていくのですから、これは当たり前のことです。
そして、その悩みに対してどのように対処していけばよいのか、とりわけ相談者であるその方自身にとって何が最善であるのかについても、カウンセラーは差し当たりわかりません。例えば人間関係の悩みの場合、相手との関係をどうしたらよいのかは、一概にこうと決めることはなかなかできないのが普通です。そして相談者の方は、そもそもどうすればよいかわからないために相談に来ているのですから、カウンセラー、相談者の方ともに、どういう方向を目指せばよいのかわからないところから出発せざるを得ないのです。
ではカウンセラーは何もできず無力なのかと言えば、そうではありません。カウンセラーは相談者の方のお話を伺いながら、心理学の専門家として、その方の悩みはなぜ、どのように生じてきているのかを見立てていきます。そして相談者の方が自覚的に訴えておられる悩み、苦しみを通して、根本的には何が悩まれ、何が苦しまれているのかを理解しようと努めます。例えば眠れないと訴える方は、直接的には眠れない辛さを気にされていますが、しかしその根本には何らかの強い不安があるのかもしれません。その場合、眠れないという辛さは不安の結果として生じている訳ですから、直接的に眠るための工夫を重ねることではあまり効果がなく、根本の不安について扱っていくことが必要になるでしょう。さらに重要なこととして、カウンセラーは相談者の方のこころの機微につねに注意を払い、相談者の方が持っておられるさまざまなこころの動き、とりわけしばしばある矛盾したこころの動きにも留意しながら、それを相談者の方にお伝えしていきます。そしてカウンセラーは、相談者の方がそうしたご自身のさまざまなこころの動きに気づき、それを大切にし、それをじっくり考え、それに取り組んでいくことに同伴者としてずっと付き添っていきます。このプロセスこそがカウンセリング/心理療法なのです。
このように見るなら、「カウンセラー-相談者関係」が、「医師-患者関係」と本質的に異なっていることは明らかでしょう。カウンセリング/心理療法には予め定まった目標はないので、「医師-患者関係」のように、カウンセラーが相談者の方を導いていくということは原理的にあり得ないのです。また何かに悩むことは、さしあたり病気とは必ずしも言えないので、カウンセリング/心理療法は「何かを治す」こととも違います。相談者の方が、直接的な悩みを通じて、本来的にはご自身が何を求めているのかを見出し、その方自身がよりその方らしく生きていくためのお手伝いをすることがカウンセリング/心理療法なのです。
「病気」と「悩み」は同じではない
上記の「カウンセラー-相談者関係」でも既に触れましたが、精神科医療で扱われる「病気」と、カウンセリング/心理療法で扱われる「悩み」は同じものではありません。医師の場合は、患者が「悩み」として訴える事柄を、「疾患(病気)」という角度から捉え、医学的な知見によって治そうとします。これに対しカウンセラーは、相談者の方が語られる「悩み」がどのようなものなのか、そこにどのようなこころの動きが働いており、どのような方向に向かおうとしているのかを見ようとします。言い換えれば、カウンセラーは相談者の方が悩むことを通して生きようとすることそのものを理解し、その方がご自身の道を歩まれることを助けようとするのです。「病気」と「悩み」は同じではないと言うとき、それは同一の事柄を異なる光のもとに見ようとすることと言えるかもしれません。医学的に「病気」と同定されるとき、それは生活するうえでの何らかの妨げであり、よくないもの、あるべきでないものとして、科学的知見に基づき除去することが目指されます。その苦しみを訴える方は、その苦しみがなくなることを何よりも願っているのですから、それは当然のことです。カウンセリング/心理療法は、そうした医学的治療を否定する訳では無論ありません。しかし、人が悩み苦しむとき、医学が扱わない/扱えない側面もまたあります。カウンセリング/心理療法では、人が何かに悩むときに、その悩みがその人にとってどのような意味を持って立ち現われているかを考えようとします。別な言い方をすれば、その悩みに対してその人がどう考え、どのように振る舞おうとするのかを大切にします。なぜなら、そこにこそその人の生きようとする姿が表われているからです